大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)142号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人龜井正男上告趣意第一點は「本件公判請求書ニハ名古屋地方裁判所檢事局檢事武内氏ノ署名捺印ノミアリテ所屬官廳印ノ押捺ナキヲ以テ違式ノ書類タルニ付キ畢意無效ナルニ歸シ之ニ基キ爲サレタル本件ノ審理、裁判ハ総テ無效ナリ往年横浜所在某官廳ノ官吏カ裁判所ヨリ證人トシテ召喚セラレタルニ際シ其ノ呼出状ニ所屬官廳(裁判所)印押捺ナク無效ナリトシテ召喚ニ應セサリシ事例アルヤニ聞ク場合ナレハ厳正ナル批判ヲ請ハント欲ス」というにある。

しかし、刑事訴訟法第七十一條第一項には、「官公吏の作成する書面には別段の規定ある場合の外年月日を記載して署名捺印し其所屬の官署又は公署を表示すべし」とあるだけで、官署又は公署の印を捺せとは書いてない。其他にも、公判請求書には所屬官署の印を捺さなければならぬ旨を定めた規定はない。そして本件公判請求書には、作成者檢事武内孝之の署名捺印があり、其所屬廳たる名古屋地方裁判所檢事局の表示及び年月日の記載があるから、それで適式の公判請求書たるに十分で、廳印が捺してなくても所論のような違式のものではない。從って論旨は理由がない。

同第二點は「原審判決ハ其ノ判示事実ヲ(一)被告人ノ當廷ニ於ケル云々判示同旨ノ供述(二)強制處分手續ニ於ケル證人丹羽和男ニ對スル訊問調書中云々ノ供述記載(三)押収ノ木製僞装ピストルノ存在ヲ證據トシテ之ヲ認定シタリ然レトモ(一)被告人ハ原審公判終了ト同時ニ保釋セラレ夫レ迄ノ勾留ハ全ク不必要ノモノナリシトスヘク斯ル被告人ノ自白ハ不當ニ長ク抑留若クハ拘禁サレタ後ノ自白ナレハ之ヲ證據トスルコトヲ得サルノミナラス(二)ノ證人丹羽和男ノ訊問調書ナルモノハ原審公判ニ於テ適法ニ證據調手續ヲ經タルモノナリヤ否ヤ明確ナラサル(即チ原審公判調書ニ據レハ第一審公判調書記載ノ證據書類ヲ證據調シタルカ如ク記載スルヲ以テ其ノ第一審公判調書ヲ査閲スルニ同調書ニハ證據調シタル書類トシテ被害者ニ對スル豫審判事ノ訊問調書トノミアリテ所謂被害者ハ窃取シタル金員ノ保管者タル銀行支店長中野健吉ヲ指スヤ或ハ誰ヲ指スヤ漠然トシテ明確ナラス)ヲ以テ之ヲ證據トスルコトハ違法タルニ歸スルモノトス」というにある。

しかし、記録によって、被告人抑留拘禁の期間及び本件審理手續の經過を調べて見るとつぎのようになっている。昭和二十二年四月二日被告人逮捕、同日同人に對する司法警察官の第一回訊問、同月三日同第二回訊問、同月八日強制處分に於ける豫審判事の被告人訊問、同日同人勾留、同月九日公判請求、同年五月十五日名古屋地方裁判所第一回公判、同月十八日同裁判所判決宣告、同月十九日控訴申立、同年二月二十四日名古屋高等裁判所記録受理、同年七月八日同裁判所第一回公判、同日保釋、同月十五日同裁判所判決宣告。本件のような事件で右程度の拘禁は、現今における惡條件の環境の制約下においては誠に己むを得ない處であって、これを不當に長い勾留とはいえないから、論旨前段は理由がない。次に記録を調べて見ると、原審公判調書には第一審公判調書記載の證據書類の要旨を告げた旨の記載があり、第一審公判調書には被害者に對する豫審判事訊問調書の要旨を告げた旨の記載がある。そして本件において被害者の側で豫審判事の訊問を受けた者は、所論丹羽和男一人だけであるから、第一審公判調書における「被害者に對する豫審判事の訊問調書」とは、右丹羽に對する訊問調書を指して居ること一點の疑もない。所論のような不明確の點は少しもないから、後段の論旨も理由がない。

同第三點は「新憲法ニ依リ国民ハ総テ基本的人權ノ享有ヲ確保セラレ之ヲ保障シ何人ヲ以テモ之ヲ妨ケラレサルハ明ラカナリ然リ而シテ裁判官ハ良心ニ從ヒ獨立シテ裁判ヲ行フ職權ヲ有セラルルト雖モ所謂良心ニ從ヒ獨立シテ行フ裁判ノ内容ニ客觀的合理性乃至首肯性ヲ包藏スルモノナラサルヘカラスシテ單ニ裁判官ノ誤レル主觀ニ委ネラルヘキモノニ非サルヤ疑ヲ容レス蓋シ然ラストセンカ国民ノ基本的人權ハ憲法ノ保障ニ拘ラス裁判官ノ誤レル主觀ヲ以テ容易ニ之ヲ蹂躪シ得ル結果トナルヘケレハナリ左レハ判決ノ内容タル當該裁判官ノ主觀カ国民ノ基本的人權ニ影響ヲ及ホスヘキ程度ニ客觀的合理性乃至首肯性ヲ缺クモノト認ムヘキトキハ憲法違反トシテ上告シ得ルコト論ヲ俟タス洵ニ是レ之アルカ爲メ刑事訴訟法第四百十二條乃至第四百十四條ノ規定ヲ廢止セラレタル所以ナリ然ルニ辯護人カ原審ニ於テ辯論要旨ニ基キ縷々上申シタルカ如キ諸種ノ情状アリテ須ク本件被告人ニハ二年半(或ハ三年)以下ノ懲役ヲ以テ今ヤ刑法改正規定ニ依リ執行猶豫ノ恩典ヲ與フヘキ事案ナルコト客觀的ニ首肯スヘキ場合ナルニ拘ラス原審カ誤レル主觀ノ下ニ懲役三年半ノ実刑ヲ科シタルハ基本的人權ヲ害スル違憲ノ判決ナリ」というにある。

しかし、記録を精査して見ても、本件において必ずしも所論のような判決をしなければならないものとは思えないし、原審判事の主觀が所論のように「客觀的合理性乃至首肯性を缺く」ものと認むべき資料は少しも見當らないから、論旨は採用し得ない。

よって、裁判所法第十條但書第一號、刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例